ALIVE 本の紹介
医学と仮説−原因と結果の科学を考える
津田敏秀 著
岩波書店 1200円(税別)
医学研究は人間の病気を治すために行われているはずですが、現実には動物を使った実験が大部分で、それは本当の人間の治療に役立っていないばかりか、弊害をも引き起こしているということが、本書で紹介されています。 ピロリ菌が胃潰瘍や胃がんの原因の一つであることはすでに臨床のデータで得られていたにもかかわらず、日本の医学者たちは「動物実験もしてない状況証拠」だけとして、20年以上も治療としてのピロリ菌の除去を退けてきたというのです。
著者は、症状の観察とデータ収集によって原因を解明しようとする疫学の研究者です。疫学の観点からすると、森永砒素ミルク事件や水俣病事件でも、実際多数の患者が出ているのだからまずは疑わしいところから対策を採るべきなのに、どこかに特定の原因物質があることを証明できない限りは対策を採らないという医学界の方針が、大量の犠牲者を生み出したといいます。
動物実験に依存しすぎる医科学研究が、日本の医学や実際の治療の遅れを引き起こしているという主張には大いにうなずけるものがあります。
(野上ふさ子) |
ALIVE 本の紹介
傷は絶対消毒するな−生態系としての皮膚の科学
夏井睦 著
光文社新書 840円(税別)
傷には消毒とガーゼをあてるというのがこれまでの医療の「常識」でした。しかし、夏井先生は、これに疑いを持ち、傷口は消毒せず乾燥させないようにラップなどで被っておくと、痛みがないばかりか、急速に治り、しかも傷跡も残らないことを、実際の治療で明らかにしていきます。傷口から出る湿潤液には細胞を再生させる成分があるのに、標準治療法では、それを消毒で殺し乾燥させてさらに悪化させている、とのことです。
なぜ傷には消毒という治療法が広がったのか、それはパスツールによる病原性細菌の発見によって、細菌すなわち病原菌、すなわち退治という治療法が採用されるようになり、過去100年以上も検証されないまま漫然と行われてきたからだそうです。しかし、その後、生物学の研究によって細菌は生物と共存しており、人間もまた「常在菌」と共生していることが明らかになってきました。石鹸やシャンプーで洗い、消毒することは、皮膚に住み着いて守ってくれている常在菌を死なせることになり、さまざまな皮膚障害を引き起こす原因になっている、というのは目からうろこではないでしょうか。
それまで広く信じられてきた考えが、ある時、革命的に変わってしまうことをパラダイムシフトと言います。天動説から地動説へ、天地創造説から生物進化論へ、生態系ピラミッドから生物多様性へ、などがその代表例です。医学や医療の分野でもそれはひんぱんに起こり、現在の「標準治療」はせいぜい30年くらいで廃れ、50年後まで生き残っているかどうかもわからない、とのこと。
パラダイムシフトは学会の権威や大学病院などの大きな組織からは起こりえず、個人や小さな組織から始まって、専門家ではなく一般の人々の支持を得て広がっていくものです。夏井先生は、傷の治療法のまさにパラダイムシフトをなしとげた方ですが、その根拠は学会や論文からではなく、生物学や生態学など幅広い分野への関心と、インターネットでのピアノサイトの管理の経験に基づいている、というから面白いですね。
(野上ふさ子) |
ALIVE
No102 2012.春号 本の紹介
癒す心、治る力〜自発的治癒とは何か
アンドルー・ワイル 著 上野圭一 訳
角川文庫 800円(税別)
病気はなぜ治るのでしょうか。医者や薬のせい? いいえ、誰にも備わっている「自然治癒力」のおかげです。人も動物も病気や怪我をしても、自ら治る力を持っています。治る主体はあくまで本人で、医療はそれを手助けするだけです。ですから、優れた医療は本人の治る力を高めるような方法を提供するものということになります。
本書は、さまざまな世界中の「代替療法」を紹介し、体と心、精神性との関連を解き明かし、現代医学ではお手あげの様々な難病や原因不明の病気が治る例をあげています。代替医療を知るには必読の一冊です。
(野上ふさ子) |
ALIVE
No102 2012.春号 本の紹介
大往生したけりゃ、医療とかかわるな
〜「自然死」のすすめ
中村仁一 著
幻冬舎文庫 760円(税別)
人は生まれた以上は、必ず死ななければなりません。いつかその時がきたらどのような死に方が望ましいのか、時に考えてみる必要があるでしょう。
著者は老人ホームの医師で、数百名の高齢者の死を看取ってきた体験から、「死は自然の営みであり、本来は穏やかで安らかなものであった、それを医療が介入することで悲惨で非人間的なものに変貌させてしまった」と述べています。
自然な死とは、老衰による飢餓、脱水、酸欠状態、炭酸ガス貯留を意味し、このような状態になると脳内にモルヒネ用物質が分泌されるので、何の医療措置も行わなければ夢うつつの気持ちのいい状態になる、これが自然の仕組みだとのこと。
これに対する医療の介入とは、ものを食べなくなればお腹に穴を開けてチューブで強制的に栄養を胃に流し込み、水を飲まなくなれば点滴し、呼吸が衰えれば酸素吸入器を装着するといった措置を施すことです。このような「延命」措置によって、死に行く高齢者はかえって長期にわたり回復することのない無用な苦しみを受けることになるとのことです。
老化や老衰は自然の摂理であって、病気ではありません。そこで必要なことは医療介入ではなく、温かいお世話や看取りなのでしょう。
(野上ふさ子) |
ALIVE No.101 2012冬号 落語の紹介
さよなら動物園
桂三枝大全集 創作落語125撰 第43集
キング・レコード 1,955円(税別)
たまたまこの落語を聞いて、思わずほろりとしてしまいました。これまでALIVE誌で何回も取り上げたことのある宝塚ファミリーランドの廃園をマクラに、動物園が閉鎖するとき動物たちはどこへ送られるのか、それをチンパンジーとゴリラが語る物語です。それぞれ別の動物園に別れさせられるトラの夫婦、なかなか引取り手の決まらないカバ、鳥取砂丘で観光用に使われることになったラクダ、韓国の動物園に送られることになったアジアゾ
ウ、芸をしないために引取り手のないアシカ、集団脱走したアライグマなど、様々な動物たちの悲喜こもごもを、
チンパンジーのジョニーが、ゴリラのムサシに報告します。そして、ムサシのみは、生まれた場所がアフリカの保護区であったことから、国内外の動物保護団体が動いて、ふる
さとに帰れそうだと告げます。次第に、動物園から動物たちがいなくなり、すっかり静かになったある日、ついにムサシはアフリカのふるさと(ゴリラ保護区)に帰してもらいます。そこで、自分の名前(保護区で名付けられた名前)を取り戻し、仲間と共に幸せに暮らすのですが、唯一の悩みは、夜眠れないこと。そのオチは…。
同じ選集の中にある、養豚場でただ食っては太るだけの 生き方に疑問を覚えて、うまく脱出するブタの話(『考える
豚』)も、とても面白いです。また、活魚店で生き作りにされるタイが、生け簀の中でいかにして生き延びるかを語る話(『鯛』)があります。桂三枝師匠は、落語では、魚であろうが豚であろうが、何だってしゃべることができると言っています。そういう視野で、落語の世界が広がると、愛好家も増えるかもしれません。
(野上ふさ子) |
ALIVE
No.100 2011秋号 映画の紹介
猿の惑星・創世記
ルパート・ワイアット監督 配給:20世紀フォックス映画 2011年
かつて『猿の惑星』という映画を見た方もおられると思います。地球の支配者は類人猿となり、退化した人間は「動物」として駆り立てられたり、ペットにされたり、実験に使われたりするという、逆転の世界を描いた内容です。
なぜ、そのような世界になってしまったのか、この映画がそれを解き明かします。それは、ほかならぬ、人間自身が招いたことなのです。
映画は、密林の中で平和に暮らしている野生の類人猿たちが、突然、追い立てられ、捕獲され、檻の中に閉じ込められて運ばれていくシーンから始まります。その行く先は、製薬会社の動物実験施設。実験室は金属とコンクリートでできていて、自然を感じさせるものは何もなく、彼らは単なる実験材料、モノとしてしか扱われません・・・
これはまさしく実験動物たちの悲惨な現実そのものです。
しかし、映画の後半では一転、これまで、ただ「動物」であるがゆえに、捕獲され、監禁され、嘲笑され、虐待され、拷問を受け、実験材料とされてきた類人猿たちが、人間の攻撃を跳ね返していくアクションシーンには大いにストレス発散できるかもしれません。類人猿たちは原始の森にたどりつき、高い樹に上って、人間が作り出した人工世界を見降ろす・・ここからやがて地球が猿(類人猿)の惑星になっていくことが示唆されるのです。
娯楽映画としても面白いばかりでなく、動物実験や生命工学のおぞましさについても考えさせられる傑作です。
人間は、目先の利益の追求に目がくらみ、密室の中で、遺伝子組替えをはじめ様々な生命操作をやりたい放題に行なっています。いつか未知のウイルスや病原体を作り出し、それに逆襲されることは、十分にあり得るでしょう。人間はあらゆる生命を思うままにできる賢い存在だとうぬぼれていますが、実は、自滅への道を開拓している愚かな存在かもしれません。
(野上ふさ子) |
| ALIVE
No99 2011.7-8
ぼくらはそれでも肉を食う−人と動物の奇妙な関係
ハロルド・ハーツォグ著 山形・守岡・森本共訳
柏書房 2400円(税別)
本書の原題は「愛したり、嫌ったり、食べたり…動物について真真剣に考えるのはなぜ難しいのか」というもの。人間の動物に対する偏見や愛、矛盾に満ちた態度を様々なエピソードを面白く語っています。例えば、アメリカでは闘鶏は動物虐待として禁止されているのに、採卵鶏やブロイラーの信じがたい虐待的飼育はなぜ容認されてしまうのか、むしろ闘鶏の鶏の方が放し飼いにされ十分な栄養をとりよい環境で過ごしているのに…といった具合に。動物を巡る倫理の混乱は確かに存在します。だからといって世の中は複雑だと言って済むものでもないとは思うのですが。
(野上ふさ子) |
| ALIVE
No99 2011.7-8
共感の時代へ
フランス・ド・ヴァール著 紀伊国屋書店 2310円(税別)
かつて『利己的な遺伝子』(1976年刊)という本が評判となり、生命体の遺伝子は利己的に行動するという側面が強調された結果、人間の社会行動や経済活動も利己的にふるまうのが自然の原理だといった風潮になったことがありました。この本はまさに1970年代以降の強欲資本主義的な社会風潮の中で生物学が通俗的に受け入れられたということもできるかもしれません。しかし、21世紀になって、これまでの社会の硬直した枠組みが破綻しかけたり、巨大な自然災害などに直面して、人間は「利他的な存在」でもあるという側面を評価する必要がでてきたと思われます。
他者への思いやりを持つには、他者との「共感」という感性が不可欠ですが、行動生物学(エソロジー)の学者である著者は「共感」は、人間だけに固有のものではなく、広く生物社会のなかに普遍的に存在することを、さまざま興味深いエピソードをまじえて紹介しています。もし生物に「共感」という特性がなかったら、これほど多様な進化の形はありえなかったとさえ思われます。生物学的根拠に基づいて、共感と信頼に価値をおく社会を再構築するという、これからの希望を感じさせてくれます。
(野上ふさ子) |
| ALIVE
No98 2011.5-6
簡素なる国
中村敦夫 著 講談社 1700円(税別)
2011年3月11に発生した東日本大地震・津波、そして原発事故は日本社会そのものに激震を与えました。とりわけ、福島原発の危機的損傷と放射能汚染の拡散、いつ原子炉が爆発するか知れないという綱渡りのような状況に、原発はもうこりごりという気持ちはますます広がるばかりです。
電力不足になってはじめて、コンビニが暗くなっても、 24時間営業しなくてもいいという意識になり、電力を乱消費する社会に対する反省が生まれるようになりました。
今回の巨大震災・原発事故は、戦後の高度経済成長のもとに築かれてきた社会の在り方を揺るがし、解体させていく一歩なのかもしれません。
最先端科学技術である原発の安全神話はもろくも崩れ、中央集権・縦割りの官僚制度・行政機構はろくに機能せず、1カ所集中型の企業や工場は稼働しなくなる・・
このようなときだからこそ、これからの社会はどうあるべきか、人の心はどうあるべきかといった根本的な問題に向き合う必要があります。
本書は、まさにこの課題にこたえるもので、3.11後に読むにふさわしい書です。
俳優、作家、ジャーナリスト、国会議員といった多様な分野の第一線で活躍してこられた中村さんならではの、なにものにとらわれず、幅広い視野で、日本の政治、経済、文化にいたる近代の破綻の症候がわかりやすく語られます。
そして、破綻の中から新しく生まれてくるものは、「簡素な国」への歩みであることを示します。近代社会の経済成長神話から脱却して向かう先は、「しモール・イズ・ビューティフル」「環境経済」「地産地消」「地域主権」「みどりの政治」といった言葉であらわされる新しい社会の展望なのです。
(野上ふさ子) |
| ALIVE
No97 2011.3-4
知識ゼロからのアロマテラピー入門
中条春野著 幻冬舎刊 1300円(税別)
会報で『ライフスタイル見直しKnowHow』の連載を担当して下さっている中条さんの本が出版されました。暖かみのあるやさしいカラーイラスト満載の、すてきな入門書です。アロマテラピーの知識から、肩こりや目の疲れなどの対策、日常的な心と体のケアについてなど、いろんな情報がつまっています。もちろん、動物実験をしない、動物の犠牲のない暮らしのノウハウも随所に取り上げられています。ぜひ、お手にしてみてください。
(野上ふさ子) |
| ALIVE
No97 2011.3-4
フード・インク
エリック・シュローサー、マイケル・ポーラン他著
中小路佳代子訳 武田ランダムハウスジャパン刊 1900円(税別)
チキンはビーフよりもヘルシー? ブロイラーは絨毯状態の密飼いで、急激に成長させられるため、わずか数歩を歩いただけで足の骨が折れてしまいます。どこがヘルシーなのでしょう?
私たちが毎日食べる食べ物は、いつ、どこで、誰が、どのようにして生産しているのか、そしてどのような流通経路を経て店頭に並ぶのか、ご存じでしょうか。ほとんど誰もが食の生産や流通、消費の実態を知りませんし、知らされてもいないと思います。本書は、このような消費者の無知に警鐘を鳴らし、真実を伝えることで、新しい価値判断をするように促しています。
まずはファーストフードが引き起こしている数え切れないほどの問題−劣悪飼育による家畜の虐待とストレス、不衛生な飼育環境、労働者に対する過酷な搾取、工業化食品が健康に与える損傷、水や土壌の汚染、感染症の拡大などなど。また、巨大な怪物と化した農業・食品会社による世界支配、そして世界の飢餓問題。これらの実態を、それぞれの分野に精通したジャーナリストやNGO(市民団体)、が解き明かしてくれています。
問題は余りに広範囲で根深いものがありますが、本書では私たちにできることはあると呼びかけます。それは明日からでも誰もができることで、まずは食品の由来を知ること、そして選ぶことです。
本書は、前回ご紹介した『雑食動物のジレンマ』をさらに幅広い視野で追求し、問題の解決方法までを提案しています。本の出版と同時に映画『フード・インク』も上映されており、実際に家畜の飼育実態を目で見ると強烈なインパクトを受けます。
(野上ふさ子) |
| ALIVE
No96 2011.1-2
雑食動物のジレンマ−ある4つの食事の自然史
(上・下巻)
マイケル・ポーラン著 ラッセル秀子訳 東洋経済新報社 1800円(税別)
草食動物は植物を食べ、肉食動物は肉を食べる、では「雑食動物」は何を食べる?
植物でも動物でもほとんどなんでも食べてしまえる人間は、その雑食性のゆえに世界中に広がり大繁栄することができたのかもしれません。しかし、またそれがために、人間は健康に悪いものも平気で食べ、環境に悪いものでもまったく無頓着です。
現代社会は食品産業の網の目にからめとられており、私たちが食べるものは、どこでだれが作っているのか、
どのような経路を経て食卓にのぼっているのか、さっぱりわけがわかりません。そこで、何を食べたら健康も環境にもよいのかを確かめるために、著者は、追跡の長い旅にでかけます。
はじめは、アメリカのトウモロコシの生産の場へ。そこでは小さな農家は次々と駆逐され、地平線の彼方までトウモロコシが植えつけられている大規模農場が広がっています。そして安価なトウモロコシ市場を支えるためにアメリカ政府は巨額の補助金を出し、あふれるトウモロコシは、ファストフードの主原料となり、工場畜産の家畜の餌とされ、さらにはバイオ燃料となっていきます。しかし、その背後には限りない家畜の苦痛や環境の破壊が広がり、穀物相場をあやつる巨大な独占企業がさらなる世界支配を求めて暗躍しています。
次に著者は、目を転じて、健康や環境によく、動物にもやさしいオーガニックフードやスローフードのを追跡していきます。そしてオーガニックと言っても、都市の大規模店で売られているものは石油エネルギーを乱費する工業化の産物であることなどに気付きます。
私たちの食卓には、食の安全、環境保全、動物福祉、世界経済といった様々な問題がどっさりと積み上げられていることを知る、とてもわかりやすい本です。全米100万部突破のベストセラー。
(野上ふさ子)
|
| ALIVE
No96 2011.1-2
生きものがきえる
−もったいないばあさんと考えよう 世界のこと
作・絵:真珠まりこ 講談社 1000円(税別)
こども向けに環境問題についてやさしく語る絵本シリーズの一冊。絶滅のおそれ
ある野生動物−アフリカゾウ、ジュゴン、トラ、ホッキョクグマ、ラッコ、オランウータンなどをとりあげています。これを読めば、動物は「消える」のではなく、「消されていく」(殺されていく)のであり、その犯人はほかならぬ人間だということがよくわかります。次の時代を担う子どもたちが、「大人たちは、なんてばかなことをしてきたんだろう」と気づいてもらえたら、と思います。
(野上ふさ子) |
ALIVE
No95 2010.11-12
<図説>生物多様性と現代社会:「生命の環」30の物語
小島望著 農文協 1900円(税別)
生物多様性条約締約国会議COP10に関連して、様々な書籍が刊行されています。その多くは生態学的な視点で書かれていますが、本書はそれに加えて私たちが今生きているこの社会がどれほど生物多様性に負荷をかけているか、その関係をわかりやすく取り上げています。例えば、野生動物の餌付け、農薬・殺虫剤、遺伝子組み換え作物、大規模林道、捕鯨、環境ホルモン、水俣病など、自然保護に関心のある方なら誰でも
が耳にしたことのある個々の問題が、自然界の多様性の破壊や喪失と関連づけられて、問題の全体像が鮮明に浮かび上がってきます。
中でも、戦争は最大の生物多様性破壊であるとしているのは、強く頷けるものがあります。国家間の戦争は、国民を駆り立てるために、ヒステリックな敵対感情をあおり立て、言論や表現の自由を抑圧して思想統制を行います。その意味で戦争は思想や文化の多様性もも破壊するものであることは、過去の歴史が証明しています。
多くの参考文献に裏打ちされた論考ですが、研究者の論文や解説書とは異なる市民感覚にあふれた本書を読めば、生物多様性にかかわる問題を丸ごと理解することができるでしょう。
(野上ふさ子)
|
| ALIVE
No95 2010.11-12
犬を殺すのは誰か ペット流通の闇
太田匡彦著 朝日新聞社 1200円(税別)
犬はなぜ行政の施設に持ち込まれる(処分依頼される)のでしょうか?
著者は、週刊AERAの記者で、その原因を探るべく、飼い主が犬を引き渡す際に記入する「犬引取依頼書」を全国の自治体から「引取依頼書」の開示請求をして、何枚枚に及ぶその書類を分析しました。その結果、行政に処分依頼しているのは、個人の飼い主ばかりでなく、ブリーダーなどの動物取扱業者が多数の犬を殺処分に持ち込んでいる実態が判明しました。
生後わずか数週間で母犬から引き離され、オークション(競り市)にかけられ、ペットショップに売られていく子犬の流通の闇を明るみに出した、はじめての本と言ってもいいでしょう。
週刊AERAで取材したペットの繁殖販売の実態、そして最後の終末処分場までの追跡のルポをまとめています。
動物取扱業の規制強化に向けて動物愛護法の改正がなぜ必要か、その根拠を示す内容でもあります。
(野上ふさ子)
|
ALIVE
No94 2010.9-10
強い者は生き残れない−環境から考える新しい進化論
吉村 仁 新潮選書 1200円(税別)
一般に、自然界ではライオンがシマウマを襲って食べるように、「弱肉強食」の世界だという考えが広く流布しています。加えて、強者が弱者を淘汰していくのが自然界の歴史だという「進化論」があいまって、自然界は生き残りをかけた闘いの場になり、優勝劣敗の過酷な世界ととらえられがちです。
この理論を社会学に応用したのが社会ダーウイン主義といわれるもので、優秀な民族が劣った民族を支配するのは当然だといった暴論が横行しました。これは19世紀から21世紀半ばまで、欧米列強がアフリカやアジア、中南米を植民地支配するのに都合の良い理論として利用されてきた側面があり、科学研究といっても決して時代から独立した客観性をもつものではない、ということがわかります。
一方、戦後めざましい高度経済成長は世界中の自然を破壊し、生態系を劣化させてきました。自然を守る見地からの研究が行われるようになり、日本では今西錦司氏は定説の進化論を批判、生物は場所や餌を互いに「棲み分け」ている事実を示して、平和共存的な進化論を提唱しました。
本書は、生物の生存には協力と共生が不可欠であり、よりよく協力するものほど生存率が高まり繁栄できるという「共生の進化史」のアイディアを打ち出しています。
自然科学の研究でも、「競争」のというめがねをかけて見ればそのような事例はたくさん見えるでしょう。しかし「共生」というめがねをかけて見れば、またそのような事例も無数に見えるのです。
自然科学の研究者の皆さんは、自然界の「共生」の姿を知り、それを人間社会の平和と安定のために役立ててもらいたいものです。
(野上ふさ子) |
| ALIVE
No.93 2010.7-8
野宿に生きる、人と動物
なかのまきこ 駒草出版 1600円(税別)
人も動物も、生き物としては基本的に対等。これが本書の基本ポリシー。
だから動物保護活動といっても「かわいそうな動物を救ってあげる」わけでもなく、「かわいいから助けたい」わけでもありません。同じ仲間であればこそ、喜びや苦しみをわかちあう、不当な取り扱いには立ち向かう、黙っていられないから、発言する…これはごく自然で当たり前の行為です。
以前、著者のなかのさんが、「動物を助ける活動をすることで、自分自身が動物やいろいろな人に助けられていることを感じる」と言っていた言葉を、私は忘れることができません。
しばしば動物保護活動は、「人よりも動物が大事な」人がやることと考えられがちです。「動物実験の廃止をめざしています」と言うと、「そんなに、(人よりも)動物が大事なんですね」といわれることがありますが、これは大いなる誤解だと言いたい。
人と動物が同じ仲間だという感覚があるからこそ、動物の受ける苦痛や犠牲は、あたかもわが身の苦しみのように感じられるものです。
動物実験がなくなってほしいという願いは、ある意味、自分もこの苦しみから逃れたいからにほかなりません。
なかのさんは、野宿の人々が、捨てられた犬や猫を護して、寄り添うように暮らしている姿を生き生きと述べています。そして、頻発する動物虐待と野宿の人々への襲撃・暴力について、「法律による罰則だけでは、暴
力や虐待を止めることはできないだろう。誰かを傷つけなくては生きていけない人々もまた、どこかで救いを求めているに違いない。」と述べています。
このようなやさしい視線が本書にはあふれています。
野宿となる人々の多くは、自分で自分の身を守る方法を知らない(知らなかった)、を押しのけてまで自分の地位を守ろうとはしなかった、社会の仕組み、労働条件、健康を守る方法などなどに無頓着だった、このようなアバウトで心やさしい人々が「弱肉強食」の人間社会から落ちこぼれてしまうのでしょう。
活動の現場は、人間の情念がぶつかりあう場でもあります。人は、猫以上に激しい?縄張りの争いがあったり、犬以上に強い?やっかみがあったり、人間だけにしかない悪意や誹謗中傷があったり、実際に動物を助ける活動以上に疲れ果てる原因が、人間関係だったりします。そのようなことに直面したときは、涙ながらの電話を受け取ったものでした。それでも、一夜明ければ、あるいは数日後には立ち直って、わが道を行く…。
その強さは、「きっと誰かがなんとかしてくれる…」のではない、いろいろな人々が、さまざまな場所で、それぞれができることをしていく、私たちはその多様性とつながりに生かされているという気付きにもとづいているからでしょう。本書に一貫して流れる、人や動物にそそがれる理解と共感、とらわれることのない自由なセンスに、読む人はきっと元気付けられることでしょう。
(野上ふさ子)
|
| ALIVE
No.92 2010.5-6
父と娘の法入門
大村敦志著 岩波ジュニア新書 780円(税別)
本書の表紙イラストに、「動物の権利宣言 第1条 動物はみんな平等」と書かれていたので、手にしました。中高生にも法律の概念を知ってもらうため、親子の対話形式でやさしく書かれているのですが、面白いことに内容のほとんどが動物に関する法令の紹介となっています。動物愛護法、鳥獣保護法、ワシントン条約、ALIVE誌でもしばしば載せているおなじみの法律がやさしく解説されています。
(野上ふさ子)
|
ALIVE
No.92 2010.5-6
思考する豚
ライアル・ワトソン著 木楽舎 2500円(税別)
全世界で毎年10億頭を超える豚が、人間に食べられています。ある意味、多くの人 間は豚によって命を支えられていいるとさえ言えるでしょう。それほど重要な動物でありながら、豚とはいったいどんな動物なのか、一般にはほとんど知られていません。
それどころか、一方的に「愚かだ、汚い」などと頭ごなしに決めつけがちです。しかし、豚を自然のままにしておいたなら、とても賢く、清潔を好むことがわかるはず。
本書によると、豚の野生の姿であるイノシシの仲間たちは、おどろくほど環境への適応性が高く、様々な食べものを好む雑食性で、好奇心が旺盛で、遊び好き、知能に優れ、家族や仲間とくらす社交的な動物であ
るようです。豚の特性はある意味人間とそっくりだと、著者は指摘しています。屋根と食べものが保障された(家畜化された)豚が、皮膚から剛毛を失ったところなども、人間に似ています。
豚がどんな動物かいっしょに暮らし研究してみたら、さまざまな発見がありそうですが、残念ながら全世界で豚の研究者はニホンザルの研究者より数が少ないとのこと。
著者は、豚は知性も感情もある動物で、チンパンジーなどよりずっと人間と仲良くできる動物だと述べています。
『シャーロットのおくりもの』や『ベイブ』など、豚の魅力を存分に引き出した文学や映画がありますが、博学多識な本書はその系譜に新たな章を付け加えたということができます。
(野上ふさ子)
|
ALIVE
No.91 2010.3-4 映画の紹介
オーシャンズ
ジャック・ペラン監督 配給:GAGA 2010年
今年は、国連が定める「国際生物多様性年」です。この地球に生きる多種多様な生物が織りなす自然の生態系について知り、それを破壊・消滅させないように守っていくことが国際社会に呼びかけられています。
地球上には、私たちが知らないいかにすばらしい自然の営みがあるか、そしてそれがまた、私たちの知らないところでどれほど破壊され、様々な生き物たちの生存が脅かされているか、今こそ、気がつかなければいけないと思います。
この映画は、世界中の海の中にカメラを入れて、さまざまな生き物たちの生態を映し出します。水に適応した魚類、哺乳類、爬虫類、甲殻類など、多種多様な生物の優美さ、不可思議さに息をのんでしまいます。海の中にこのようなすばらしい世界があること、そしてそれを映像を通じて見ることができるのは、現代文明のおかげと言えるでしょう。しかし同時のその現代文明は、日々自然界を侵略し破壊し、生き物を死に追いやってもいるのです。
ビニールやプラスチック、釣り糸や漁網など海中に捨てられるありとあらゆるゴミが、魚や海亀やイルカの体を傷つけています。産業活動や家庭から排出される汚染物質は、陸地のあらゆる川から海に流れ込み、海流に乗って汚染を拡散させていきます。
「絶滅博物館」は、人間がこれまでに種を絶滅させてしまった野生生物を剥製にして展示したものです。ひとたび絶滅した種は永久によみがえることはできません。種を絶滅させることは進化の歴史に対する犯罪行為だとして、これを裁くような自然保護のための国際法廷が必要だと思います。
絶滅危惧種のリストがこれからも延々と続くことのないように、今年の10月、日本で生物多様性条約締約国会議が開催されます。多くの国々が自国の経済的利益のみを主張して対立することが予想されます。しかし、目先の経済的利益至上主義こそが、地球の温暖化をも引き起こし、生物多様性を損失させ、結局のところ人類の生存をも脅かすことになることは、もうわかっていることなのです。社会のあらゆる分野で、環境に配慮したライフスタイルを構築していかない限り、人間に未来はないように思えます。
(野上ふさ子) |
ALIVE
No.90 2010.1-2 本の紹介
動物たちの反乱
河合雅雄・林良博編著
PHPサイエンス・ワールド新書 880円
初めて南極大陸に上陸した探検隊員たちがペンギンに出会ったとき、ペンギンたちは、それまで人間というものを見たことがなく、恐れ気もなく近づいて来て、とても興味深そうに人間を観察していたといいます。かつて私は、野生動物というものは本能的に人間を恐れ逃げてしまい、決して一定距離以上は近づかないものと思っていました。しかし、このペンギンのことを知ったとき、人間がその動物を襲ったり殺傷したりしない限り、その動物には人間を恐れる理由はないし、たがいに近くで暮らすことも可能なのだということを理解しました。
振り返ってみると、日本では明治初期から100年ほどの間、シカやイノシシ、サル、クマといった動物を大量に捕獲して、彼らの生存を脅かしていました。そのため、野生動物たちは人間を恐れ、決して近づいてこようとはしませんでした。登山などでたまにシカやサルなどを見かけると、とても珍しく感じたものです。
しかし、この数十年来、野生動物を取り巻く環境は大きく変化しました。まず、拡大造林政策によって野生動物はすみかを奪われ散り散りにさせられました。燃料が薪炭から石油・電気へ転換したことで、人が里山に入らなくなり、また牛や馬、山羊などの家畜を放して草を食べさせなくなったため野生動物とのバッファゾーン(境界・緩衝地帯)が消失しました。狩猟者人口も減少してきました。
このようにさまざまな形で人間が野生動物にかけてきた圧力が、弱まってきたとなれば、今まで押されてばかりいた野生動物の側から押し返す力が生まれてくるのは当然と言えます。野生動物は「反乱」しているのではなく、本来の姿に戻りつつあるのかもしれません。江戸時代には江戸にもシカが歩いており、浅草寺の境内にコウノトリの巣があったと言います。今や人を恐れないクマやサルが出たと言っても、驚くにはあたらないのでしょう。
問題は、やはり野生動物を餌付けしたり人馴れさせることで農作物被害や人身事故が引き起こされる事態です。これからは、人間の側が人智を尽くして、農作物被害を防ぐための研究や技術開発を行いながら、上手に野生動物と共存していく生き方を作り出していく必要があるのではないかと思います。本書はそれを考えるヒントになると思います。
(野上ふさ子) |
| ALIVE
No.89 2009.11-12 本の紹介
ニホンミツバチが日本の農業を救う
久志富士雄著 高文研 1600円(税別)
会報の87号で、「ミツバチが消える日」という本を紹介しました。これは花粉の受精のために養蜂されているセイヨウミツバチが、世界各地で死滅しているという話でした。それでは、ニホンミツバチにはそのようなことが起こっていないのかと思っていたときに、この本を見つけました。
著者は長崎県の高校の先生ですが、長年、ニホンミツバチを観察しさらに20年以上も飼育してきたとのこと。それによるとセイヨウミツバチとニホンミツバチには、次のような違いがあります。
セイヨウミツバチは、外来生物であるためニホンの風土に適応していないことからくる様々な弱点があります。まず湿気や寒さに弱い、大量過密飼育のために病気に弱い、天敵のオオスズメバチに襲われると全滅してしまう、といった点です。一方、ニホンミツバチは日本土着の生物なので、その地域の環境に適応しており、野生種なので病気に強い、オオスズメバチに襲われると集団で立ち向かう(蜂球を作って蒸し殺す)、といった強みを持っています。
とくに著者は、「両種とも手荒く扱うと人間不信になり攻撃的になる」「両種とも言葉を持っていて、何を言っているか理解できるようになる」が、自分が日本人のせいか「ニホンミツバチとは対話ができる」がセイヨウミツバチには自分の言葉が通じない、と述べています。さらに、ニホンミツバチは言葉ばかりでなく、記憶力も判断力もあり、喜怒哀楽の感情もあって、それは羽音で聞き分けることができるとのことです。ハチは女王蜂を中心とした大きな群れを成していますが、女王蜂と働き蜂は愛情で結ばれた家族であり、働き蜂は仕事を楽しんでいることが羽音でわかるのだと言います。
襲われると怖いオオスズメバチですが、著者ははやはり言葉が通じる種だと言います。そして、肉食のオオスズメバチは、シカとオオカミの関係に似ていて、増えするミツバチの数をコントロールする役目を果たしているので、なくてはならない存在です。
生き物で構成される生態系、生物多様性は、何万〜何百万年という長い歳月をかけてバランスが取れるように作られてきました。特定の種が繁栄するということは必ずその陰に犠牲となる種が生まれるということを意味します。人間の都合で果樹や農作物を大量生産しようと農薬を散布すると、花粉を媒介するミツバチが死滅し、結局のところ人間の欲望も挫折せざるを得ないということが、ミツバチの生態を知ることでよく理解することができます。
(野上ふさ子)
|